朝8時、前日ホテルで予約しておいたフオン川と皇帝陵を回るツアーに出発。歴史好きとして、前から阮朝の皇帝陵に興味があったので、わくわくしながら集合場所へ。メンバーは私の他、フランス人の家族三人（初老夫婦と娘？）、いずれも一人旅のオーストラリア人のオッサン三人、そのうちの一人の連れのベトナム人女性で計八人。女連れのオーストラリア人ピーターはとにかく話好きで、私にも何かと話しかけてくる。息子が東京で英会話講師をしているため来日経験があり、片言の日本語ができるようだ。
　川沿いの船着場から出発した船は、まず水上生活者の小舟がびっしり並んでいる地区へ。ここでは土産物売りがあれこれ売りつけようとしてくるが、全く興味がないので相手にせず。
　やがて船は本格的に川をさかのぼり始め、両岸に並ぶ家並みが途切れると、最初の目的地天姥寺へ到着。この寺の奥の方には、かつてここの僧侶が南ベトナム政府の仏教徒弾圧に抗議して焼身自殺をした時、サイゴンまで乗って行った小型車が置かれている。悲しい歴史の証である。1943年生まれのピーターは、この時の模様をテレビで見たと言っていた。

　9:30に天姥寺を後に、さらに上流へ向かう。川幅は広く、300mぐらいはありそうで、水量も豊かで川幅いっぱいに流れている。水は泥を含んで濁っているが、油やヘドロ等に汚染されている気配はないし、ゴミも浮かんでいない。
　しばらく進んだ所で一旦下船し、皇帝陵の一つ目、嗣徳（トゥドゥク）帝陵に行く。ただし、これらは川沿いにあるわけではなく、待機しているバイタクに乗り換えなければならないので面倒くさい。そして各陵とも外国人の入場料は55000ドンもする。ちなみにベトナム人は20000ドン。せっかく高い金を払うのだからゆっくり見物したいし、心置きなく写真を撮りたいのだが、ツアーの悲しさで10:20〜11:00の40分しか見物時間がない。
　この陵は公園のように広々とした所で、池に張り出した建物があって優雅な雰囲気が漂う。その先に皇帝の執務室でその死後に寺となった大きな建物がある。黄色い屋根瓦の建物は外観も内装も中国風で、漢字の対聯や碑文を見かける。今のベトナム人は漢字が読めず、それらの意味がわからない。外国人である中国人と日本人だけがわかるのが不思議な気分だ。皇帝の墓自体は最も奥まった所にあり、建物と比べるとささやかな墓所である。阮朝はこの皇帝の時代にフランスの植民地となっていったわけだが、独立を失った国の主がこれだけ立派な墓をもっているのを見るとかえって虚しさを感じる。

　再びボートに戻り、小休止のあと昼食タイム。出発時にオーダーしたものが昼にボートへ届けられる仕組みで、私は揚げ春巻を選んでおいた。日本でベトナム料理と言えば生春巻が有名だが、現地では揚げたものの方がポピュラーなようで、確かに結構うまい。
　食事が済んだところで次の目的地、啓定（カイディン）帝陵に向かう。ここは嗣徳帝陵以上に川から離れていて、バイタクで数分かかる。敷地はあまり広くなく、丘の斜面を利用した階段沿いに建物等が配置されている。植民地化されてからの造営のため、入口の門や廟に西洋風の建築様式や装飾をふんだんに取り入れていて、嗣徳帝陵とは趣が全く異なっている。
　廟の内部も過剰なまでの中洋折衷というか、単に二つの文化を継ぎ足しただけの独特な雰囲気で、壁や柱は中国風の龍や唐草模様を使用しながら、色鮮やかなタイルやきらきら光るガラスでもびっしりと飾られている。他では見ることのできない特異な建築は、観光的にはフエ最大の見どころかも知れない。
　中央には天蓋の下玉座に座る金色の皇帝像が置かれ、手前の祭壇のような所には啓定帝の写真が飾られている。写真の中の、実権を奪われフランスの飾り物となった皇帝の微妙な表情が何とも言えない。
　ここもたった35分しか時間がなく、12:35に出発となる。

　最後の目的地明命帝陵は啓定帝陵から近くにあり、12:50に到着。嗣徳帝陵と似た庭園風のつくりだが、市街地から遠い分より自然豊かな感じがする。また、入口の門から最も奥の墓所まで一直線の道のりになっていて、奥の深さを意識させている。
　まず左右対になった石像の群れが見守る中庭、そして大きな石碑がある建物がある。その先のアーチ形の門をくぐると寺院風の大きくて静かな建物が建っている。そこを抜けると三本に分かれた石橋で池を渡り、階段を上がって二層の小さい楼閣に着く。さらに奥の階段を下りて三日月形の広い池を渡ると、ようやく皇帝の墓所に到達し、壁の向こうに古墳のような塚が見えている。探険気分になる構造なのでなかなか面白いが、かなり暑くなってきた中を歩くので歩き疲れた。
　明命帝は阮朝全盛期の皇帝だからか、全体的に立派で威厳を感じるが、建物は全部東向きなので午後に来ると逆光ばかりでろくな写真が撮れない。先ほどの啓定帝陵は西向きだったので、逆の順番で訪問してくれれば嬉しいのだが、この点も融通のきかないツアーの短所である。やはりある程度金がかかっても、自分で好きなように回る方が楽しいと強く感じた。

　13:30に明命帝陵を去り、あとは川を下って帰るだけ。暑さと疲れからうとうとしていているうちに市街地に戻ってきて、15時に帰着、解散。
　一旦宿に戻って帰りの飛行機のリコンファームを電話で済ませたあと、16時頃にフオン川対岸の旧市街へ散歩に出かける。川を渡った先には地元客でごった返す市場があり、観光客は全くいない。普段着のフエの街。市場の外にまで商人が座り込み、肉の塊を露天で売ったりしている。
　それから城内に入り、城壁を眺めながら歩いた後再び川を渡ると、ちょうど夕日が川面を照らして美しい。晴れているが、空気が埃っぽいため、ピンクがかった夕空に浮かぶ太陽がオレンジ色の玉のように見える。
　日も暮れた19時、さっきのツアーで会ったピーターと連れのベトナム女性ニーと一緒に夕食。食後にビリヤードに行こうと言うのでつきあったが、さすがにしんどい。彼らはさらにカラオケに行くとのことだが、私は退散。昼間あれだけ観光したのによくそんな元気があるものだ。

ベトナムのページへ