■ カオダイ教本部の中
朝7時に起きて、最上階のレストランでバフェイの朝食。あまり食欲がなく、ベトナム式の汁なしそば、フライドトマトとクロワッサンを少し食べるに留める。見晴らしのよい窓の外は、雲がほぼ全天を覆っているものの、辛うじて薄日が差している。何とか天気が回復してほしいと願う。
食後タクシーでデタム通りに向かい、ツアーバスに乗り込む。バスはほぼ満員で、人気あるツアーのようである。ごった返す市街地を抜けるのに一時間弱かかるが、郊外に出ても人家が途切れず、この地域の人口密度の高さがうかがえる。
途中トイレ休憩の後、カンボジア国境への国道から分かれると、ようやくのんびりした田舎道になり、ホーチミンを出て初めてぽつんと聳える小山が見えたと思ったらタイニンに到着、一同バスから降りる。
カオダイ教本部に着いたのは11:30。東西に長い大きな建物は、キリスト教の教会を中国風の装飾で飾り立てたような外観をしていて、いかにもさまざまな宗教の要素を取り込んだカオダイ教らしい姿だ。
西側の玄関から聖人の像に見下ろされるようにして内部に入る。竜が巻きつく列柱に支えられたかまぼこ形の高い天井には、青空と雲・星が描かれていて、側面には黄色の壁に沿って巨大な眼の透かし彫りが施された窓が並んでいるのが目に付く。そして何と言っても見逃せないのが中央の奥、金ぴかの祭壇の上に据えられた巨大な球体で、正面に描かれた一つの眼が参拝者を睨んで名状しがたい強烈なインパクトを放っている。
このカオダイ教の本尊とも言える「天眼」、信者にとって最も神聖なものなのだが、何だかヒーロー物に登場する悪の秘密結社の基地みたいで、この目玉が光って正体不明の声が流れてくる場面を想像してしまう。まあそういう不謹慎な観光客がたくさん訪れるため、当然ながら教団職員が監視していて、例の球体にはあまり近づくことができない。
フロアを一回りした後は、体育館のような上部の壁沿いにめぐらされた回廊に上がり、そこから正午の礼拝を見学する。12:00になると同時に中国風の音楽が流れ出し、それに合わせて男女に分かれた信者群が整然と入ってくる。先頭を進む幹部の男性は黄色や青の原色の服を着て道教ぽく、後に続く一般信者は白ずくめの衣装にイスラム風の帽子を被っている。女性はみんな白いアオザイを着て、幹部だけ頭を布で覆っている。どうやらこの宗教は信者間に厳密な階級が存在するみたいだ。
やがて歌うような声が響き、みんな合掌した手を上下に振りながらひざまずいたりして祈る。この辺はイスラム教的な感じがする。祈りの時間は長く、20分経ってもまだ続いているが、ツアー客は終わるのを待たず途中で静かに退出していくので、私もそれに従う。
カオダイ教本部を後にして、タイニンの町で昼食。串に巻きつけた揚げたての春巻きはなかなかうまい。全然ぱっとしない食堂でも結構いけるところが、東南アジアのいいところである。
昼食後二番目の目的地、クチトンネルへ。
15時過ぎに到着し、初めにベトナム戦争当時の解放軍を記録したビデオを見る。それからジャングルの中の道を回っていくと、途中に抜け穴の入り口が再現されている。何人かの観光客が試しに入るが、本当に人が抜けられるぎりぎりの狭いもので、両腕をまっすぐ上に上げないと通過できないほどだ。これに板で蓋をして落ち葉を乗せれば、よそ者にはまったくわからない。また、踏むと板が回転して竹槍が並ぶ穴に転落するバンブートラップといった巧妙な罠もいくつか見ることができる。
それから擱座した状態で屋根をかけて大切に保存された米軍の戦車を見て、土産物屋兼射撃場で時間をつぶした後、いよいよ実際に解放軍のトンネルの一部を歩く。周りの土壁は意外と堅くて滑らかなのだが、やっぱり天井がとても低く、しゃがみながら脚を動かして何とかゆっくりと前進。当然ながら内部は暗く、曲がりくねっているので方向感覚も失われる。便利さ・快適さに慣れた現代人には到底我慢できないものだ。こんな所で、しかも戦争しながら過ごしたら、あっという間におかしくなってしまうのは間違いない。当時の人々は大変だったと軽々しく言うことすら憚られる気分である。やっとこさ地上へ出て振り返ると、相当進んだつもりだったのにわずか100ｍも動いていなかったことにショックを受けた。
クチを回っている間にどんどん雲が厚く、空は薄暗くなって、バスに乗る頃にはかすかに雨さえ降り出してきた。折角乾季を選んで来ているのに、二日続けて青空が見られず、いつもながらの天気運の悪さに旅の楽しみを感じる余裕がない。このまま帰るまで曇り続きで、ろくな写真を撮れず大金と貴重な休暇を捨てることになってしまうのではないかと、バスの中で悩んでしまう。
クチからは1時間半かかって18:30にデタム通りに到着し、ツアー終了。夕食はどうしようかと考えた結果、折角ツーリストの多いエリアにいるのだからここで済ませてしまおうと店を探し、パイナップルに入ったチャーハンを食べる。値段は6万ドン、暖かくておいしく、チャーハンの油とパインの甘酸っぱさが意外とよく合う。
食後はまたバイクの洪水みたいな道路を何度か苦労しながら横断し、昨日と同じスーパーで飲み物を仕入れてホテルに帰り、風呂に入って寝る。
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