■ アデレードの裁判所
早朝何度か目が覚めたが寝直し、7時になったところでベッドをしまってコンパートメント内にある洗面台で顔を洗う。さすがに豪華列車だけあって、わざわざ廊下に出なくても済むところは便利だ。
列車はポートオーガスタ(Port Augusta)に停車中。工場もある大きな駅で、久しぶりに文明の地に来たような気になる。ポートオーガスタを出ると、車窓には見渡す限り麦畑と思われる農地が広がる。地を焼き焦がす強烈な日差しもなく、空の色も、風に流されて動く雲さえも目に優しい。中途半端な色彩を許さないかのごとき原色の乾燥地帯から、穏やかな中間色の温帯へ。人跡稀なアウトバックを去り、人の息吹が感じられる所へ帰ってきたことを実感。
食堂車でハンバーガー食べた後、のんびり畑や羊の群れを眺めていると突然放送があり、到着が定刻より一時間半早まって11:30頃になるとのこと。遅れるよりはずっとましだが、対向列車が一本運休しただけで一時間半も早着するとは、どんな大雑把なダイヤなのだ。
そんなことを考えているうち、11時を回った頃から次第に沿線の建物が増え始め、いよいよ大都市に近づいたことがわかる。そして列車はスピードを落とし、最後は歩くような速さでそろりそろりとアデレード・ケズウィック駅のホームに滑り込んだ。時計を見ると11：55、なぜかアナウンスされた予定時刻より25分遅れた。
長距離列車専用のケズウィック駅は町外れにあるので、連絡バスに乗ってダウンタウンに向かう。乗り込むと行き先のホテル名を訊かれたが、アデレードには泊まらないのでインフォメーションセンターまでと答えると、怪訝そうな顔をされる。ザ・ガン号の到着客で、ここで一泊しない客はそんなに珍しいのか。
それにしても、久しぶりに都会へ来たせいか、人の多さと洪水のように流れる車にちょっと気後れする。
都心にあるアデレード駅のコインロッカーに荷物を預け、身軽になった後、せっかくいい天気なのだから切らしていたフィルムを買って写真を撮ろうと、駅近くのモールに行ってみたものの、カメラ屋が少ない。たまにあっても、フィルムを売っていない所が多い。すっかりデジカメ時代になってしまったものだ。結局歩き回ること30分、駅構内の店でやっとリバーサルフィルムを発見。いつも使っているプロビアはなく、センシアしか置いていないうえ、24枚撮りで$11.8と高いがこの際贅沢は言ってられない。中国系らしき主人が「写真が大好きなのですね。」と声をかけてきたところから、日本ほどリバーサルは普及していないのだろう。
アデレードの街は、碁盤目状の区画をした中心市街地の周囲を広大な緑地帯が取り囲み、さらにその外側に郊外の住宅地が広がるという、都市計画マニアにとってはたまらない構造をしている。コンパクトにまとまった都心を歩いてみると、古い建物が化粧直ししてアーケードに転用されていたりするし、教会や公共建築はどれも重厚な歴史を感じさせるものばかりで、なかなか楽しい。イギリス風に黄色っぽい石を外壁に使用しているのが多い。
ただ、道行く人々は結構中国系が多いのが意外であった。全体の一割以上、若者に限れば二割は中国系であろう。高校生くらいの若者でも互いに中国語でしゃべっているところから、移民の歴史は浅いようだ。
せっかくなので近郊列車に乗ってみたくなり、アデレード駅へ。ここから郊外へ何本か路線が延びているが、とりあえず三駅先にあり、トラムの停留所も近い分岐駅のグッドウッド(Goodwood)というところまで行くことにする。ところが運賃表などの掲示も全くなく、券売機すらない。窓口で駅名を言って切符を買うまでいくらするのかわからない不親切さだ。しかもたった三駅先までで片道$4.1もする。日本の地下鉄よりもはるかに高い運賃にびっくりだ。
とりあえず半地下のホームに入ると、頭端式の線路が九本並び、なかなかの規模であることがわかる。ただし、各ホームは短く、これでは確かに長距離列車の発着は無理というものだ。また、意外にも電化されておらず、出入りする列車はみんなディーゼルカーで、二両か四両の短編成だ。
目的の列車に乗り込んでしばらくするとエンジンを震わせて動き出したが、プラスチックの窓は汚れがひどく、外の風景が全くわからないままグッドウッドに到着、ドアノブを回して下車する。
この駅は住宅地の中の無人駅で、いざ帰りの切符を買おうとしても券売機すらないので途方に暮れる。パースの近郊電車は、途中の無人駅にも運賃表と券売機があったが、それに比べて不親切すぎる。旅行者のことを全く考えておらず、腹が立つ。
そのため、トラムで戻ることにして5分ほど歩いて停留所へ。トラムだから頻発していると思いきや、15分に一本しか走っておらず、ここも券売機や運賃表がない不親切仕様。やむを得ずそのまま乗って車掌から切符を買う。ヨーロッパで切符を買わずに乗ると法外な罰金を徴収されるが、ここではそんなことはなく、普通に運賃$2.4を払うだけ。もっとも、乗車前に切符を買いようがないから、当然の対応ではあるのだが。
トラムはアデレード駅まで行かず、旧市街の真ん中ビクトリア広場が終点なので、てくてく歩いて駅に戻り、ロッカーから荷物を出す。
駅に着いた時点で時刻は16:40。飛行機の出発が18:10なので、あまり時間に余裕がなくなってきた。空港バスがすぐ来るかどうかわからないので、大事を取ってタクシーに乗る。空港への道路は結構混んでいたが、約20分で到着。無事搭乗手続きも完了した。
メルボルン行きの飛行機はB737-800。南部の二大都市を結ぶ平日の夕方便なので、ビジネスマンらで満員だ。機内食はチキンカレーで、長粒米だがマイルドな辛さでなかなかうまい。
メルボルン到着は完全に暗くなった19:40。$15の切符を買って空港バスで都心へ向かう。アデレードはタクシーで$15なのに対し、メルボルンはバスで$15。それだけこちらの方が市街から離れているということで、高速道路を飛ばして30分以上かかった。
ここはアデレード以上に寒い。予約しているホテルはバスターミナルからすぐ近くなので、夜のとばりに包まれた閑静な通りを5分ほど歩いてたどり着く。今夜の宿、ホテルエンタープライズは中庭を囲んで客室が並ぶメキシコみたいなスタイル。建物はちょっと古くて部屋も狭いが、本当に寝るだけなので気にならない。
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